なぜ乗客全員に脱出用のパラシュートが無いの?

2000年5月25日午後、フィリピンの南部ミンダナオ島ダバオ発マニラ行のフィリピン航空機(乗員・乗客約290名)がハイジャックされた。銃と手榴弾を持ったハイジャック犯は、乗客から金銭を奪い、乗員に指示して旅客機の後部ドアを開けさせ、手製と思われるパラシュートを開いて飛び下りた。マニラ到着の直前、高度約1800mからの降下だった。

だが、同日夜、犯人はマニラから東に40マイル離れた、ケソンシティの丘陵地帯で遺体で発見された。降下途中で、パラシュートのパーネル(ロープ)が外れたとみられる。しかし、パラシュートにトラブルが起きず、犯人にスカイダイブやパラシュート降下の技術があれば、助かったかもしれない。

旅客機からパラシュートで脱出することは、理論上は不可能ではないのである。旅客機墜落事故のニュースが流れるたびに「全客席にパラシュートをとりつけておいて、旅客機が失速したときに各自がパラシュートを背負って飛び下りられるようにできないのか?」といった議論が起こる。しかし、乗客全員分のパラシュートを積めば、相当な重量になり、コストも膨大にかかる。乗客定員も半分くらいになり、航空運賃も当然高額になる。

また、乗客はパラシュート脱出の訓練をあらかじめ受けておかなければならない。初心者の場合、訓練には200時間以上かかるのが普通だ。飛行機事故に遭う確率は、飛行機に毎日乗ったとして438年に1回の割合といわれるから、費用対効果の面からみると、かなり不経済といわざるをえない。

さらに、もしパラシュートを積載することができて、乗客にもパラシュート降下の技術があったとしても、緊急事態にパラシュートを開いて安全に降下できるだけの条件が整うとは考えづらい。たとえば、旅客機は着陸するときでも時速200kmの速さで飛んでいる。この速さでは、パラシュートがうまく開かない可能性が高い。うまく開いたとしても、着陸地点の安全性は保証されない。

また、航空機の墜落事故では、多くの場合、機体がきりもみ状態で落ちていくので、乗客はパラシュートを装着するどころか、身動きさえできないだろう。いろいろな点を総合してみると、旅客機に乗るときには、自分だけ助かろうなどという考えは捨て、パイロットの腕を信じて「それなりの覚悟」を持つしかない、といえそうだ。

— posted by 渉 at 12:48 am