旅客機は急旋回ができないの?

航空機事故でよく聞くのが「何らかの理由で急旋回を余儀なくされた旅客機が失速し、墜落した」という話だ。1998年12月11日にタイ南部のスラタニ空港付近でタイ航空機が墜落した事故でも、悪天候のなか同機が3回試みた着陸に失敗したあと、バンコクに引き返そうと旋回した際に機首が上がり、失速したことか墜落につながったとみられている。

「旋回」というのは、旅客機にとってそんなに危険な行為なのだろうか。直進していた飛行機が進行方向を変えるときは、まず垂直尾翼についている「方向舵」を使って向きを変える。進行方向に向かって方向舵を右に板れば機首は右に、方向舵を左に振れば機首は左に向きを変える。しかし、方向舵を振っただけでは、機首の向きか変わるだけで機体全体が方向転換するまでには相当な時間がかかってしまう。

そこで、必要になるのが「補助翼」のサポートだ。補助翼は主翼の後縁側についている動翼で、上げたり下げたりすることができる。たとえば、右主翼の補助翼を下げると、自動的に左主翼の補助翼は上がるしくみになっている。このとき、補助翼を下げた右主翼の揚力は増加し翼が上に持ち上がる。

一方、補助翼を上げた左主翼の揚力は減少し、翼が下がる。そして、機体は翼を下げた左側に横滑りするように移動していくのである。飛行機は、この方向舵による機首の方向転換と、補助翼による横滑りのしくみを利用して、効率よく、左あるいは右に旋回する。このとき、機体を傾ける角度(バンク角)を大きくすればするほど、急な旋回が可能になる。

ただし、バンク角が大きくなると、機体にかかる荷重も大きくなる。水平飛行に対し、30度バンクでの旋回では15%増、60度バンクでの旋回では2倍の荷重がかかる。その結果、失速速度も速まっていくのである。「急旋回後、失速して墜落」という経緯は、飛行機にとっては、当然ともいえる筋書きなのだ。

機体が耐えられる荷重の大きさは飛行機の種類によって異なり、戦闘機やアクロバット飛行を行なう小型機では大きいが、旅客機の場合は小さく設定されている。旅客機は運航上、急旋回の必要度が低いからである。それでも、可能な最大バンク角は66度。機体の構造上は、急旋回も「やってやれないことはない」といえそうだ。

しかし、もし旅客機が60度も傾いたらどうなるか。乗客は体が押しつぶされるような感覚を覚え、身動きがほとんどできない状態だ。人によっては、視覚に異常が起こったり、内耳の平衡感覚がおかしくなったりするだろう。こうしたことから、乗客の安全性を考慮し、実際の運航はバンク角35度以内で行なわれている。

— posted by 渉 at 12:03 am